実は本性は終わった後に出る #名言 #いい言葉 #老後の幸せ
何かが終わった後の数分は、その最中より人柄が見えやすいことがあります。
食事が済んだ席、会議が終わった部屋、借りた物を返す時など、もう自分の目的は達成しているのに、そこで何を残していくか。
私は、始め方よりも終わった後の扱いに、その人の癖が出ることがあると思っています。
楽しい時間の最中や、誰かに見られている場面なら、丁寧に振る舞うことはそれほど難しくありません。
けれど食べ終えた席を散らしたまま立つ、使い切った物を補充せず次の人に残す、会議が終わると椅子も戻さず先に出る。
どれも大きな失敗ではありませんが、「自分の用事が済んだ後」にだけ雑さが出ると、妙に記憶に残ります。
借りた物を汚れたまま返すことや、ミスの後に後始末より言い訳を急ぐことも、同じ場所にある気がします。
問題が起きたことより、終わらせ方を誰に任せるのか。
そこには、次に触れる人や、残された人をどこまで想像しているかが表れやすいからでしょう。
さらに気になるのは、関係や立場そのものが終わる時です。
退職が決まった途端に引き継ぎが雑になる、成功した後に支えてくれた人への礼が薄くなる、付き合いが終わると貸し借りの扱いまで変わる。
始まった頃には見えなかったものが、もう得るものが少なくなった時に出てくることがあります。
もちろん、一度片付けを忘れただけで本性まで決めることはできません。
疲れている日もあれば、単純に気づかなかっただけの時もあります。
ただ、誰も見ていない最後まで整える人と、目的が済んだ瞬間に関心が切れる人では、同じ「終わり」でも残すものが違います。
考えてみると、後始末には拍手も評価もほとんどありません。
だからこそ、その場面では「よく見られたい」より、普段の考え方が出やすいのかもしれません。
私自身も、楽しかった時間の後や、もう自分には関係がないと思った瞬間に、急に雑になっていないかを振り返ることがあります。
あとから「あの人は最後まできちんとしていた」と思い出す場面があれば、よければ一つ聞かせてください。
人を見る時、始める姿より、終わった後に何を残していくかを見ると、今まで気づかなかった部分が見えてくることがあります。

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